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観劇こそ我が人生

~観劇備忘録~

ミュージカル「エリザベート」2016【感想】

ミュージカル あ行

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チケット戦争や転売問題でも話題性の高い東宝版「エリザベート」2016年版を今年も観劇してきました。

2015年のキャスト感想はこちら。

kngekigurashi.hatenablog.com

前回観ることが出来なかった、花總さんのシシィをようやく拝めた私。
いたずらっぽいあざとさがある少女時代から、自我が芽生え、段々と内に力を帯びて光輝く全盛期から、衰えていく晩年までの振り幅は流石。
蘭乃さんのシシィは、良い意味で世間知らずの無垢な少女が知恵を得て、自分の思い描く思い通りの人生を歩むために足掻く様がリアルな籠の鳥っぽいと思ったが、花總さんのシシィには確かなその人の人生が刻み込まれていると思った。

一方の井上さん演じるトートは、前回の人間みに溢れる、人間に寄り添ったようなトートから打って変わって、死への誘惑度が増しているように感じたのは気のせいだろうか。
前回のトートが人間界の戯れにちょこちょこ手を出して余興を楽しんでいるトート(城田さんのトートもこれ)だとしたら、今回のトートは死を抗い生にしがみつくシシィを絶対に落としてやるくらいの(むしろなんで落ちない?っていう)勢いを感じた。相手が花總さんだからだろうか?
あくまでも私の主観ではあるが。

お蔭様で前回は可愛いと思ったトートが、今回は全然可愛くない。
シシィ逃げて!としか言えない。
アイメイクも相まってその眼差しが突き刺さるどころか突き抜けてイッちゃって見えた。怖い。
シシィ唯一の心の拠り所が食い気味って。
そういう意味では別の意味で(例えば精神面で)人間らしいトートだったとも言える。

佐藤さんのフランツは、変わらぬ美声と真っ直ぐな愛情がやっぱり好きだなぁと改めて思った。
痩せているように見えたのは本当に痩せたからなのか、頬の濃すぎるシャドウのせいなのか。
まんまるベア体型が貴族の裕福さと美に執着するシシィとの対比を生み出していて面白かったのだが、今年の陛下はちょっとかっこいい紳士になっておられました。

涼風さんのゾフィが、前回観た剣さんよりも厳しさが際立っていたのは若さからだろうか。
シャキシャキした中に強くあらねば!って気持ちが現れていたように見える。
そんな何処か可愛らしいゾフィーだった。

子ルドの池田くんは相変わらず歌がうんめぇ…将来が楽しみですね。

そしてそして成河さんのルキーニですよ。
名前はよく聞くものの、彼が出ている作品を観たことがなかったので楽しみにしていたのですが、彼の第一声から世界が出来上がっていてビックリ。
歌声もさることながら、狂人じみた役作りで一気に客席はルキーニの作り上げた世界に引き込まれた。
精神を落ち着かせるようとしているのか、恐怖からか、親指を噛んだりしている演技も何回かあった。
あと特徴的だったのが、尾上さんのルキーニも山崎さんのルキーニも、物語の中のトートとやり取りをするシーンが印象的だったのだけれど、成河さんのルキーニはあくまでも傍観者なのでそのシーンはニヤリと笑ってトートを見るだけ。
前回観たルキーニ像を一変させられた。
後から調べたらサロメでヨカナーンとかやってたりしてるんですね。
グランドホテルでも高評価だったようなので、またどこかの作品で拝見したいと思える役者さんでした。

ルキーニといえば、冒頭で彼女が死んだのは「彼女が死を愛した」=「彼女が死を望んだ」からだとルキーニは言うが、自分の非を認めるためとはいえ、死という概念を擬人化するってよくよく考えると面白いよなと思う。
概念の擬人化は珍しくともなんともないが、演じる方も見る方もあくまでトートという個体で認識しているのもまた面白い。
シシィが美化した死という概念ならシシィの男の好みは中々ファンキーお耽美である(初演が宝塚版だからだろうけど)
でもルキーニの妄想劇場なんだから、あのトートを擬人化したのはルキーニになるのか?
(100年間の妄想の上、練り直された物語でどんどん美化されてってたら面白い)

東宝版は宝塚版を元に東宝版と融合したものらしいので、いつかは宝塚版も観てみたいものです。
もちろん叶うのなら、ウィーン版もね。